安楽死は次の10年の最大の政治テーマになるだろうと考えてみる

安楽死は、恐らく次の10年の最大の政治テーマになるだろう。

末期ガン患者が、激痛に耐えながら終末を生きるべきかと言われたら、多くの人が「そうとは言えない」と答えるだろう。莫大な医療費がかかるという切実な問題もふりかかる。生涯医療費の1/4は、死ぬ前の1年間に費やされるというデータもある。

自殺の最大の理由は「重病」だ。安楽死が一部解禁されるとしても、相当厳しい制約の中での例外的容認というところからはじまると予想されるが、それでも非常に悩ましく切ない問題に直面する。

一例としては、本人が家族の経済的理由、あるいは介護的理由のために本意ではない安楽死を選択する、というケース。

この選択肢が生まれた場合、家族から直接お願いするようなケースはほとんどないだろうが、無言の重圧の中で不本意な決断を強いられる、というケースは例外的ではないように思う。それを防止するためにも、費用を莫大にし、遺族の経済的実利を消滅させる可能性もあると思う。

また、この問題の一番の難しさは、「命よりお金をとるのか?」という議論に流れる可能性が大きいため、最大の実効果である「財政効果」や「家計効果」を議上には乗せにくいという点にある。あくまで「命の尊厳としての死の選択」という抽象論を建前として議論を進めなくてはならないため、なかなか法案を緻密化していくことが難しいのであろう。

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